賃貸住宅といえば、立地や間取りなどの条件面から選ばれるものがほとんどでしたが、住み手が自由に空間をつくり変えることのできる賃貸を目にする機会が増えてきました。「セルフリノベ研究家」として、これらの数多くの事例を研究している西野雄一郎さんに研究成果の一部をご紹介いただきます。
– セルフリノベが賃貸を変える、まちを変える
多様な拡がりを見せているセルフリノベ賃貸。大きくは2つのタイプに分けられる。
住み手本人が手を加えられるDIY型の賃貸、そして、メニューの中から住み手が選んだ壁紙などを大家や仲介業者が施工するカスタマイズ型の賃貸である。
かつての賃貸住宅では、釘1本打ってはいけないとする原状回復義務が当たり前だった。その仕組みや状況が見直されることで、セルフリノベ賃貸が可能になってきた。まずは、現在までの賃貸共同住宅のセルフリノベの歴史を見ておきたい。
セルフリノベ賃貸の歴史
– 法整備が進んだこと
たとえば、住み手が「白い壁をブルーに塗ってもいいですか?」と貸し手に申請して、それが承認されるとブルーの壁が原状になる。つまり、白い壁に戻さなくてもそのまま退去できるのだが、以前はただそれだけのことができなかった。
それは、1991年に借地借家法が公布されるまで、住み手が付加した物を大家に時価で買い取るよう請求できる権利=造作買取請求権が定められていたからだ。貸し手は金銭トラブルを避けたいなどの理由で、住み手のカスタマイズを許可しないことが多かった。借地借家法では造作買取請求権の放棄が可能になり、申請→承認の手続きを踏めば、回復する原状を再定義できるようになっている。
造作買取請求権の放棄、覚えておくべし。
– セルフリノベの萌芽期と転換点
借地借家法が公布された1991年から2010年にかけてが、賃貸の新たな試みがなされた萌芽期として位置づけられる。その代表的なものが、東京R不動産の「改装可能」賃貸だ。古くなったり人気のなくなった物件は、改装可能とすることで、画期的な賃貸に変わることが示された。住みたい賃貸がなければ自分でつくればいい。この決定的な賃貸の変化を、一部の人が察知しはじめたのがこの期間といえる。
2011年を境にセルフリノベ賃貸は、全国で同時多発的に増加するが、この年にエポックメーキングな出来事が2つ起きた。1つ目が、東京のROYAL ANNEXでの「カスタムメイド賃貸」開始だ。大家の青木純は、空き家が増えたROYAL ANNEXを住み手が壁紙を自由に選べる賃貸に変えた。すると、その取り組みや賃貸で楽しみながら暮らす住み手の姿がメディアに取り上げられ、120人の入居待ちができるほどに。これによって、空き家の増加に悩む大家が同じようなやり方をとりはじめた。
そしてもう1つが、UR都市機構が「DIY住宅」開始したこと。日本一多くの賃貸住戸を持つ大家であるUR都市機構が、一部の住戸を住み手がDIYで自由に変えられる賃貸に変えた。「DIY住宅」が全国で多数供給されることでセルフリノベ賃貸が社会へ浸透していったこともさることながら、DIYキャラバンツアーのようなDIYを普及啓発する活動も同時に行うことで、賃貸にDIY文化を広めた影響は大きい。
現在、これらのアプローチが合流して、これまでの賃貸とは明らかに異なる、住まいへの愛着や楽しさのある賃貸住宅が生まれている。
以上のような歴史的経緯の上で、現在、注目したいのが関東や九州の盛り上がり。大阪などの地域より頭一つ抜きん出ているような印象がある。
たとえば、代替わりした若い大家、不動産会社、建築家などが集まった、東京の「HEAD研究会」、そして、福岡の「福岡ビルストック研究会」。東京では、この集まりを起点として、数多くのリノベやセルフリノベ賃貸のプロジェクトが生み出されている。福岡では、県内に点在するDIYによる住まい、ビルを一斉に公開するイベント「FUKUOKA DIYリノベWEEK」が開催されるなど、単にひとつの建築に留まらず、まちづくりにまで拡がりを見せている。
ここに、住み手が管理の対象ではなく、住まいづくりの恊働者となる未来の可能性が見えている。そうすれば、賃貸は住み手の暮らしだけでなく、貸し手の事業性やまちの活気も変える力をもった住まいになる。
西野雄一郎
賃貸住宅のセルフリノベを全国的に調査し、これを普及することに向けた研究を行う。UR都市機構、大阪市住まい公社、大阪市大正区、民間オーナーなどとのセルフリノベイベントの企画や実践を行うとともに、セルフリノベ賃貸の借家契約へのアドバイス、リノベの設計も行う。日本学術振興会・特別研究員。大阪市立大学大学院工学研究科・博士課程。