『#カリグラシ』の出版記念イベントの中で、「不動産は最強のツールなんですよ!」、そう話してくれた矢津吉隆さん。
矢津さんは、美術家として活躍する一方で、2015年1月、京都・大宮に「KYOYO ART HOSTEL kumagusuku」をオープンして、また新たに「kumagusuku」2号店を立ち上げるという話も持ち上がっているそうです。
アーティストが考える、不動産のチカラとはどんなことなのか。
2016年、バンド「空間現代」のメンバーもろとも京都へ越してきて、16年9月にライブハウス「外」を京都・浄土寺にオープンした野口順哉さんもまた、ミュージシャンであると同時に、「外」のオーナーでもあります。
不動産にひそむ可能性のことをもっと知りたくて、ふたりの対談を企画しました。
KYOYO ART HOSTEL kumagusuku
全4室、最大8名の宿泊型アートスペース。
展覧会の中に宿泊して、美術を深く体験することができる。
●京都市中京区壬生馬場町37-3
→https://kumagusuku.info/
撮影:表恒匡
外
空間現代が運営するライブハウス/スタジオ。
公演企画、ディレクションはすべて空間現代が行っている。
●京都市左京区鹿ヶ谷法然院西町18
→https://soto-kyoto.jp/
撮影:石塚俊
第1回 アーティストが不動産と関わるまで
矢津さんは現代美術家、野口さんはミュージシャンという立場で、いきなり物件を持って、場所をつくってしまったように見えるのですが、これまでそうした経験があったのでしょうか。
矢津 ありませんよ。アート作品を見せる場所と宿泊施設、これを合わせた場所をつくりたいと思い立ってからは、作品や展覧会をつくるのと同じようなやり方で進めました。それを実現するために何が必要なのかを考えて、デザインや建築面でお願いしたい人に声をかけて、という感じで。
野口 その感覚はよくわかります。私たちも、もちろん初めての体験だけど、やりはじめると細かいところまで気になってしまう。曲をつくるときと同じ感覚で、いや、それ以上にこだわってたかもしれません。
矢津 そうなんですよね。いざ、つくるとなったら、作品と同じように取り組んでしまうところがあって、僕の場合は、どこで自分の手を離すかが結構、難しかった。自分の作品だったら、基本的にはすべて自分でやるんだけど、kumagusukuに関しては、チームを組んで進めたので、どこからを委ねていくのか。自分の中でその線を引くのが大変でした。作品づくりと違って規模も大きな話なので、珍しくちゃんとスケジュールも立てましたし。
自分の作品制作では、そんなに予定を立てたりしないのに。
矢津 そうそう(笑)。銀行から融資を受けて、事業計画を立てたので、いい加減にはできない。
外も同じようなやり方ですか?
野口 うちの場合は、空間現代のメンバー3人を中心として、曲づくりでも企画を考えるのでも、常にみんなであーだこーだ言いながらつくってきてるんです。だから、建物をつくるって全員まったくの初心者なんだけど、バンド活動と同じように3人で話し合いながら、工務店の方とイチから決めていきました。それが大変で、設計士の方を雇えばよかったって途中で何度も思いました。
お金の面ではどうですか。
野口 私たちも事業計画を立てて、空間現代を合同会社にした上で、銀行から融資をいただきました。他にもいろんなところからお借りして、個人的な貯金も含めて可能なかぎりのお金をすべてつぎこんで、そうやってなんとか資金繰りをしました。後先考えず、とにかく限界までいこうと。
矢津 ほんとそうですね。出してくれるならとことん出してもらおうじゃないかって気持ちになりました。
資金面の助けはいくらでもほしいと。
矢津 それにしても、ライブハウスの立ち上げと合同会社の設立を同時にされたんですね。
野口 そうなんですよ。自分たちでもびっくりしています。この計画が動き出すまでは、まさかバンドを会社にするとは思ってもみなかったので。
矢津 合同会社という組織にしたほうが融資を受けやすかった?
野口 というよりも、最初は個人としての融資と自己資金のみでなんとかしたいと考えていたんですが、工務店の人と話していくうちに、追加の工事が増えていって、見積もりがどんどん上がっていったので、法人化してさらなる融資を受けなければならなくなってしまったんです。だから合同会社にして、法人としても融資を受ける形になりました。そういう事情がなければ、組織のあり方としては違う選択肢もあったと思います。
矢津 僕も似たところがありますね。最初は、僕が30歳くらいで留学を考えたことがあって、そのときに祖母から、「ヨシタカがいずれ何かやろうと思ったときのために」というお金があると聞いたんです。結局、留学はしなかったので、kumagusukuのことを思いついたときに、そのお金をベースに、改装とかの工事は自分たちでやればいけるんじゃないかと思ってたけど、実際にはそれでは全然足りなくて。
野口 なんでこんなに! ってくらい、お金がかかりますよね。
矢津 びっくりするぐらいにかかりますね。
野口 こっちがこだわっちゃうという理由もあるんでしょうけど。
矢津 やっぱりお金をある程度かけてつくらないと、そこから次にお金を生み出すことができないですから。
野口 私たちは、二度とこんなことはできないだろうと思ったので、ここぞとばかりにお金をつぎ込めるだけつぎ込みました。普通の経済観念で考えたら、ほんとに無謀な計画だとも思っていて、現にいまも自転車操業ですし。でも、長い目で見たら、いつかこの状況をひっくり返せると思っているし、最初はつらくてもはじめの投資をケチったら飛躍もしないだろうという考えから、とにかく全力でいった感じです。無謀どんとこい、で。
矢津 バンドマン魂ですね。
どうして踏み出せたんでしょう。外は、上の階に野口さんが住むという、ライブハウスにして、ご自宅でもあるという形をとってますよね。
野口 自分が住むことにしたのは確かに踏み出せた理由のひとつかもしれません。あとは、これも無謀な話かもしれないけど、空間現代というバンドが飛べるところまで飛ばないと、どっちにしても共倒れするプロジェクトだ、くらいに思ってるんです。でなければ、もっと普通のライブハウス営業をするべきで、でも、外は空間現代のスタジオとしての機能も兼ねているからそうはいかない。空間現代としてという考えが一番の動機で、だから踏み出せたんだと思っています。
矢津 そうですよね。バンド活動が後回しになってしまったら、元も子もない。
野口 はい。それに、ギャランティや交通費など経費のかからない外のイベントは、空間現代のライブをやることなので、空間現代のライブにお客さんがたくさん来てくれるようにならないとキビシイというのは最初から思ってることなんです。だから、がんばっていこうというのが、今、いちばんのエンジンになってます。
空間現代の成長によって、外を支える。シビれる話ですね!
撮影:Katayama Tatsuki
文:竹内厚 現場スケッチ:タケウマ
→第2回 文化とお金と不動産
次回、「不動産は最強のツール!?」について、矢津さんのお話をきっかけにして文化と場所の関係を考えます。不動産は永遠じゃない??
〈ちょっとひと言〉
空間現代が京都に拠点を移した理由のひとつとして、劇団「地点」の存在がある。地点もまた2005年に代表の三浦基はじめ、劇団員全員で東京から京都へ移住。2013年に「アンダースロー」という劇場兼稽古場を京都に立ち上げた。地域性を持ちながら、海外公演も盛んに行っている地点の舞台に、空間現代はたびたび出演して、海外公演ツアーにも同行している。
「アンダースロー」は「外」と同じ白川通沿い、徒歩10分程度の距離。
→https://chiten.org/under-throw/