岩城文雄の7DAYS SCENE 撮影後記
ひよどり台、鈴蘭台団地を撮影した岩城文雄さんからテキストが届きましたので、こちらに掲載します。
岩城文雄さんの作品連載は こちら
実家のまわりも坂は多かった。
この辺りも急な斜面に家々が貼り付いているから、坂道を登る途中で振り返れば、5階建ての建物であっても目の前に見下ろすことができたりする。同じ形をした色白な直方体が斜面にいくつも並ぶさまは、その白さと規則正しさ故に、ちょっと異様でもあるし、美しい。一週間ほど通ってみたけれど、坂がつくるこの景色には馴染みもあるが、私にとってはまだまだ新鮮だ。登って降りてを繰り返しても、足は、まだその起伏を覚えていない。通りすがりの私には、住んでいる人のように見ることはなかなか難しい。
そこに暮らしている人が持つその土地のカタチというものがあるのです。
たとえば、“おらが山”と呼ばれるような、その場所の象徴になるようなものが含まれる風景だったり、たとえば、いつも通る交差点の電柱と電線が交差してつくる幾何学模様だったり、たとえば、目の前を塞ぐほどの急な坂道の表面や、そこまで登ったところで息が切れて振り返った先に微かに見えた海の光だったり。
それは、もう見飽きたという感覚も起きないくらいにあたりまえにそこにある景色だ。意識の底に沈んでしまって、頭ではなく体のほうが覚えているようなその土地のカタチは、遠く久しく離れていても、ふとしたはずみに単純な線や形となって思い出される。そういうカタチが撮れないものか。
坂の途中で三脚を構えていると、下校する子供たちの1人が話しかけてきた。
「今日はちょっと霞んでる」
彼らには、この景色がどんなふうに残るのだろう。
暮らしのなかで見ること、見続けること。
最近は、そんなことを考えたりしています。
文・写真:岩城文雄