入院患者とその家族のための“民泊”
稲垣三千穂(Airbnbホスト/ファミリーサポートハウス・桃谷)
#2 本当はタダでも泊めてあげたい
#1 はこちら
宿泊の受け入れを始められてどうでしたか。すぐ反応はありました?
稲垣:正直言うと最初は全然反応がなかったです。宣伝のために簡単なパンフレットを作って病院においてもらったり、自分でもfacebookページを開設したりしたんですが、必要としている人に情報が届かない、なかなか知ってもらえないといった状態でした。最初に反応があったのは口コミ経由ですね。私の直接の知り合いとか、私の知り合いの知り合いとか、それくらいの距離の人から問い合わせが入るようになって、泊まりに来る人も少しずつ増えてきました。実は今も口コミで知って泊まりに来る人がほとんどです。
やはり遠方からの人が多いですか。
稲垣:一番はじめに泊まりに来たのは横浜の女性でした。その人は大阪出身なんだけど、今はもう実家がなくなっていて、大阪には介護施設に入ってる80歳のお母さんがいるだけ。そのお母さんが骨折で入院したから、看病に来たいけど泊まるところがないと。
まさに想定していたニーズどおりですね。
稲垣:病気している本人が手術や検査のために滞在するケースも多いです。例えば、甲状腺がんになった人が静岡から手術のために泊まりに来たことがありました。静岡で手術すると全部切らないといけないけど、大阪の病院なら内視鏡で手術できるそうです。他にも、4ヶ月ぐらいごとに札幌から泊まりに来る女性がいます。彼女は筋肉にできる珍しいがんを患っていて、検査そのものが北海道でできないそうです。検査と言っても、結果が出るまで数日かかるから、いつも1週間くらい泊まっていかれますね。1泊1000円だから1週間で7000円。交通費や滞在費がネックになって治療そのものを諦めてしまう人も少なくないそうなので、みなさんとても喜んでいただいてますよ。
とはいえ、運営的にはぜんぜん採算あわないですよね。
稲垣:あわないですね(笑)。でもやっぱり私としては従兄のことがあったので、そういう立場の人はタダでも泊めてあげたい。ただ、日本人としては完全に無料っていうのは逆に抵抗があるでしょ。1泊1000円をもらっているのは、それくらいの理由です。そのかわり旅行者の宿泊に関しては、きちんと相場の5000円をもらっているので、採算はそっちで取れたらいいかなと。実際にはまだ採算が取れるところまではぜんぜんいってないですが。
旅行者の受け入れも最初からですか?
稲垣:2015年の春ぐらいからですね。入院患者とその家族に絞って運営してきたんですが、あまり稼働率が上がらなかったんです。それで税務署からいろいろ厳しいことを言われたりもして、収益をあげるためにしぶしぶ始めた感じでした。でも、実際にやってみるとホストとしての喜びがありますね。小さな交流活動というか、海外からの旅行者が来たときには私の友だちにも声をかけて、ゲストと一緒にホームパーティーをやったりします。お互いの国の料理を作ったり、あとピアノ弾いてあげたりして……。
さっきから気になってたんですが、ピアノがありますね。それも白いグランドピアノ。
稲垣:おしゃれなピアノでしょ。宿泊者の受け入れと同時に、1時間1000円で貸しピアノもやってます。私自身、子供の頃からピアノを弾いてるんですが、この家を買って最初にこの部屋を見たときに「この広さがあれば、夢のグランドピアノが置ける!」って思ったんです。でもどうせだったら私個人のものじゃなくて、それを貸して維持費の足しにになればと。だからちょっとデザイン的にも特徴があるピアノにして、部屋もそれに合わせて、シャンデリアを吊ったり、壁に薔薇の絵を飾ったり、いろいろ手を入れました。実は、部屋もちょっとしたコンサートができるくらいは防音になっていて、アマチュアの室内楽グループが練習やサロンコンサートで使ったりしています。
コンサートの様子を映像で見せてくれる稲垣さん。
いろんな文脈が入り込んでいて、もはや“民泊”と一言で表現できない場所になってますね。
稲垣:ただ、私としてはやっぱり病気の人とその家族の人を助けたいというのがそもそもの目的です。今でも運営的に安定してなかったり、本当に困っている人に存在を知ってもらえてないので、これからもいろいろと工夫しながら続けていきたいと考えています。と言うか、ここの稼働率が上がる以上に、民泊の仕組みを使って病院や施設の近くでこういうことをはじめる人が増えてくれたらと考えています。Airbnbに関して言えば、190ヶ国で80万件以上のリスティング(掲載されている宿泊先)があるそうです。そのうちほんのひとにぎりの、病院に近いリスティングで、遠方からの入院患者やその家族を特別に安く泊めてあげる仕組みなどができれば、すごくたくさんの人が助かります。だから、私がやっているのはほんとうに小さなきっかけにすぎなくて、ここから賛同してくれる人がどんどん増えていって、同じようなこころざしを持った場所ができるといいなぁと強く思っています。
文:岩淵拓郎(メディアピクニック) 写真:平野愛
(2016年10月12日掲載)