杉本容子の考える
水辺の暮らしと仕事
都市開発まちづくりのコンサルタントとして、街の魅力づくりに尽力する杉本容子さん。その自宅兼事務所は、すぐ横を木津川が流れる大阪の水辺、かつて大阪府の中心地だった川口にあります。
もともとは看板制作の工場だったという2階建の四角い建物。「川口お旅所」と名付けられたこの空間は、住まいとしても水辺空間としても魅力にあふれていました。
そこで、川口お旅所の“建物探訪”を突発的に実施することに。まちづくりの仕事と母親業を両立させる杉本さんならではの家に対するこだわりや、水辺への愛着について語っていただきました。
杉本容子
1975年生まれ。神奈川県藤沢市に育ち、大学進学を機に大阪へ。大阪大学大学院工学研究科環境工学専攻博士後期課程単位取得退学、工学博士。民間特別任用により大阪府都市魅力創造局の立ち上げに3年間従事した経験を持つ。2011年、コンサルティング会社ワイキューブ・ラボとして独立。水辺の魅力づくりを得意とし、「水都大阪」の都市開発プロジェクトに長年携わっている。
何かを犠牲にしない、女性の働き方とは
かつては、365日24時間走り回っているような仕事の仕方をしていたという杉本さん。
杉本:2日徹夜が続いても平気だったんですが、30歳を過ぎたくらいから体力の衰えを感じ始めました。昔からお母さんになるのが夢だったのですが、このままの働き方を続けていて、子どもができたらどうしようと思うようになって。周りの女性の先輩方を見回してみると、出産をきっかけに第一線から退くか、結婚や出産はしないと決めているかのどちらか。そのどちらのパターンも、私は選びたくなかったんです。
同じくまちづくりの仕事をする女性にその気持ちを話したところ、共感する人が続出したのだそう。そこから誕生したのが、都市と人の生き方・働き方について考える研究会「まち女子」です。
まち女子の正式名称は、「まちと女子(都市と人)の生き方・働き方研究会」。今はお休み中ですが、続刊が期待されています。
杉本:何かを犠牲にすることなく、第一線で自分らしく活躍している女性たちにインタビューをしました。仕事のこと、お金のこと、家族のこと。みなさんそれぞれの価値観があって、状況に応じて判断しながらやっているんだということがわかってきました。ちょうどその頃、私も妊娠していることがわかって、一気に研究から実践へ突入しました。
制作に関わった書籍『いま、都市をつくる仕事』。この本が、まちづくりの仕事と女性としての生き方について考えるきっかけになったそう。
子どもができると、それまでのように「パソコンひとつあればどこででも仕事ができる」というスタイルを貫くのは難しくなります。
杉本:片手で赤ちゃんをあやしながら右手でプロポーザルの提案書を書くという感じで、なんとか仕事を続けていました。でも、以前のように男性的な働き方はできなくなりましたね。住まいと職場を一緒にして、仕事と子育てを両立させられる方法を模索する実験が始まったんです。
川を間近に。家事を減らす。そのための住まい
そんな杉本さんが暮らす「川口お旅所」には、忙しい仕事と家事を両立させるための工夫が、随所に凝らされています。
まずは、居住空間である2階へ案内していただきました。
「とにかく、家事をしなくてもいい家にしたかったんです。片付けやすさや汚れにくさ、動線の短さなどにこだわりました。本当に細かいことなんですけど、毎日のことなので」という杉本さん。キッチンを中心に、さまざまなこだわりが見られます。
たとえば、既製品ではなく大工さんによって作られたというカウンターや収納棚。料理をする杉本さん自身が必要モノを取り出しやすく、また片付けやすいように計算されています。
杉本:どんな配置にするかいろんな本を読んで研究したのですが、何が最適かって結局は個人の価値観や生活スタイルなどによって違ってくるんですよね。なので、自分がどうしたいかを追求しました。
ガスコンロの下は鍋の収納スペース。扉をつけず、水切り棚のようにしているため、さっと拭くだけですぐにしまうことができます。
この部屋に友人や仲間を招いて、パーティーを開くことも多いのだそうです。
杉本:カウンターの両側から作業ができるので、遊びに来た人みんなが料理を手伝ってくれます。後片付けが負担にならないように、食器洗い機は13人分を一度に洗える特大サイズのものを探しました。人を招くことが苦にならないようにしたかったんです。
家づくりにあたり、建築士以上にパーツに詳しくなったという凝り性の杉本さん。XXLサイズの食器洗い機も自分で探し出しました。
確かに、大きな窓から木津川を一望できるこの部屋は開放感にあふれていて、気のおけない仲間同士がわいわい盛り上がるには最高な空間。窓際には、最高の景色をゆったりと堪能できるベンチも設えられていました。
窓のすぐ向こうが木津川。カーテンは使っていないそうです。
「窓際のベンチは転落防止の意味もあるんです。娘の友だちが集まったときには、床に座布団を並べるとテーブルにもなるんですよ」とのこと。多目的に使える仕掛けによって、さらに人が集まりやすくなっているようです。
キッチンの奥は階段状に高くなっていて、リビングと寝室が続いています。横になっていてもキッチンに遮られず川を眺められるようにという工夫ですが、幅の広い階段に座ってくつろぐのも快適そうです。
オープンタイプの収納棚。カラフルなボックスには、家族3人のものがそれぞれしまわれています。
「お風呂の曲線が嫌だった」という杉本さんがこだわって探した、直線で構成されたユニットバス。
洗面室はあえて個室にせず、歯を磨きながら川を眺められるオープンさです。朝シャンもできるような蛇口を選択。
1階は事務所兼コミュニティスペース
1児の母であると同時に、まちづくりのコンサルティング会社ワイキューブ・ラボの代表もつとめる杉本さん。1階には、会社のオフィスを構えています。
デスクや椅子は、紙菅と木でできたパーツから組み立てられていました。プロダクトデザイナー・井上真彦さんがデザインした家具で、レゴブロックのようにパーツを組み合わせることにより、さまざまな用途で使うことができます。
杉本:イベントやパーティーのときはすべて片付けたり、たくさん並べて客席にしたり。家具を固定するとこの場所を自由に使えなくなってしまうので、動かしやすいものをオリジナルで製作しました。
パーツは和室の下にもたくさん収納されています。全部で50個はあるのだそう。
ひとつひとつのパーツは小さな子どもたちが家を作って遊んだりできるというほどの軽さなので、移動も簡単そう。
どうしてもオフィスらしさが生まれる大型のコピー機が見えない場所に収納されていることからも、この空間を事務所以外の目的でも活用しようという目論見が伝わってきます。
部屋の一角には、能舞台のように一段高くなった和室もありました。周りを縁台が囲んでいて、上に上がらなくても気軽に腰掛けられるようになっています。シンボリックな生松の襖絵は、京都在住のアーティストである井上信太さんが手がけたもの。
杉本:イベントのときは和室を舞台にしたり、仕事が忙しい時期はスタッフの仮眠室として使ったり。子どもが来るときには、キッズスペースにもなります。
壁一面の本棚。かつて看板が置かれていた場所が、今は高い位置の本を取り出すときの足場に。
月に1回くらいのペースでハハ友と集まり、子どもの過ごす環境についての研究会をしているという杉本さん。街中には、子連れで集まれる場所が本当に少ないといいます。
杉本:お店だと子連れは嫌がられてしまうので、世間ではチェーンの居酒屋がお母さんたちの溜まり場になっています。私自身も出産してから、なかなか人に会えなくなって、すごく息苦しく感じました。うちを拠点にすれば、子どもを2階や和室で遊ばせながら、その間にお母さん同士で研究会ができるんです。
杉本さんの仕事には欠かせないというホワイトボードは、マグネットシート式で本棚の扉と一体になっています。
1階では薪ストーブを使用。
工場の頃の名残りも。
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この建物、実は屋上へも上がれるように改装されています。次回は屋上に案内してもらいつつ、ここまで杉本さんが水辺にこだわる理由もお聞きします。
取材・文:牟田悠 写真:沖本明 編集:竹内厚