2015.08.03
団地のひとインタビュー 005
with
倉方俊輔(建築史家)
around
千鳥橋~伝法〈大阪・此花〉
大阪の下町といった風情の伝法。そこで見かけたのは…。
理想の美観/土木スケールの手仕事/耐震補強の部屋
倉方:伝法団地は、1970年から71年にかけて建てられました。街の産業構造が変わっていくのに伴って、伝法には他にも団地が増えていきます。
―多くの団地がそうかもしれませんが、伝法団地も敷地外から見ているのと印象が違いますね。
倉方:伝法団地はほんとにそうですね、此花通と平行して2号棟を建てることによって、内側の共用空間をつくり出してます。案内板を見るとよくわかりますね。
―団地内にグラウンドや遊び場がいくつもある。
倉方:ここで、団地のよさを広める活動もされている建築家の吉永健一さん*にもご意見を伺いましょう。
*吉永健一
建築家にして団地啓蒙家。団地住まいをサポートするサイト「団地不動産」、団地啓蒙ユニット「プロジェクトD」のプロデュースなども。
吉永:ここは、市街地住宅と言われる団地で、千里ニュータウンのような郊外型の団地とは、UR(日本住宅公団)内のセクションも違っています。わかりやすい特徴としては、ベランダをあえて作らない。そうすることで美観を守ろうとしてきました。
―ベランダに洗濯物を干すようだと体裁が悪いと。
吉永:団地の1階には店舗も入居してましたから、その代り、各部屋の室内にサンルームが設けられて、屋上には共同の物干しがあります。団地って、ある時期からは標準設計と言って、同じタイプの建物が並ぶようになってきます。そうすると、設計担当としては建物に違いを出せないので、建物の外側の部分をいかに作るかということにエネルギーを注ぐんですね。
倉方:団地内の敷地に、高低差のある地形がわざと作られてますね。戦前の同潤会にその根を持ちますけど、社会を善導していく、よき方向に導こうという使命感が公団の団地からは感じられます。みんなが望んでるからこう作る、じゃなくて、これからの暮らしはこうなんだっていう。そうした啓蒙性って、余計なお世話だとも言えるんだけど(笑)、未来の理想の暮らしに向かったデザインが生まれています。
吉永:ちなみに、伝法団地の外壁にはタイルが貼られていました。落下するというんで、もう上から塗りこめられちゃってますけど。屋上には一部、タイルがのこっていますね。
倉方:すごい! 何千万個、手作業で貼ったんだ!? このミニマムな手仕事と、土木スケールで設計された幾何学性が両立してるのが、この時代の特徴ですね。大阪だと、船場センタービルなんかもそう。
―では、最後に耐震ブレスの入った部屋を見学します。まだ内装作業の途上ですが、近々、一般への賃貸がスタート。室内にリノベーションが入ってる影響で、周りよりも家賃がほんの少し上がるそうです。
倉方:これは痛快なリノベーションです。補強のために室内に鉄骨のブレースを入れて、耐震的に働く面を構成しているんだけど、本来、間近に見るはずのないブレースが部屋のど真ん中にあるという違和感! 新築では絶対につくれませんね。
吉永:僕はこの部屋が見たくて、今日は参加したんです(笑)。もっと軽い見た目で、高い位置にあるのかと思ってたら、構造的に効かせたブレスがそのまま部屋にある。ほんとに誰がOKを出したんだろうって思います。
倉方:あくまでも真面目に、実直に、耐震のために手を入れた結果、いろんな言葉を誘発する部屋が出現しています。いわゆる建築家的な作為から始まっていないからこそ、深いデザインです。
―玄関開けたらすぐ鉄骨。明らかにいままでの常識では考えにくい部屋ですけど、実際、すでに貸し出された2部屋も借り手が殺到したそうですし、借り手はもっと自由に住まいのことを考えているのかもしれません。
倉方:そうですね。マーケティングの基本用語に「プロダクトアウト」と「マーケットイン」いうのがあります。「プロダクトアウト」というのは簡単に言うと、良いものを生産すれば売れるという考え方。逆に「マーケットイン」というのは売れるものをリサーチして作ろうという姿勢です。
1970年代までの公団の黄金時代というのは、時代の制約のなかでも精一杯、社会を善導する住宅を提供する意思に燃えていましたから「プロダクトアウト」と言って良いでしょう。その後、日本の社会全体が「マーケットイン」に転換しました。今、逆にそれで意識が向上した消費者は、皮相なリサーチにはだまされない。生産者が自信を持って、これがいいんだって打ち出す高次元の「プロダクトアウト」が、現在のマーケットに求められているのかもしれません。
この部屋は、耐震補強を進めた結果、生まれた部屋がこれですって、ロジカルに押し出されて、新しいものになっている。これも公団の遺伝子がURに受け継がれていて、現在的に感じられますよね。今日の散歩は商店街の転用から始まりましたが、それが物だけではない、思想のリノベーションになっているという点で、奇しくも一貫していたように感じます。いやぁ、此花区には感心しました。
伝法団地の屋上から見た伝法漁港、そのすぐ向こうには淀川。
文:竹内厚 写真:平野愛 現場スケッチ:ヤマサキタツヤ