都市型農業の使い道
鈴木健太郎(オーガニックワン)
大阪の泉北ニュータウンから、車を走らせること10分ほど。農地と民家が同居する昔ながらの集落の中に、鈴木健太郎さんが借りている800平米の畑はあります。
この畑、ただの畑ではないようなのです。というのも、ここは鈴木さんが自宅近くにひっそりと開設した、都会の生活に無理なく農業を取り入れていくための「都市型農業の実験場」なのだとか。
都市部に余った農地を不動産として活用するための試行錯誤。そして、都市型農業にひそむ可能性とは。鈴木さんが切り開こうとしている新たな道をのぞいてみました。
#1 楽しく、手間暇かけないズボラ農業を
月千円ほどで畑を借りて、かなり変わったやり方で農業をしていると聞きました。農地の不動産システムがよくわからないのですが、そもそも畑はどうやって借りるものなのでしょう。
鈴木:僕はこの農地を堺市から正式に借りています。年間1万5000円で。水道代は別途払いますけど、水道付きで月千円ちょっとで借りられるんです。貸し農園というスタイルをとっている場所もありますが、基本的には市町村が農地を仲介していて、市役所で手続きをして借りられます。

ただし、農地を借りる手続きは市町村により若干異なるので、詳細は各市町村担当窓口に問い合わせのこと。
堺市の農地が格別に安いわけではないですよね。
鈴木:それはないです。農地の相場はだいたい同じようなもの。農地がたくさん余っていて、借りる人がいないっていうことですね。普通に駐車場を借りると月何万円もするじゃないですか。土地の値段の付け方がアンバランスな感じで、逆にこれは今、すごくチャンスだと思っているんです。
農地だと都心でもこれだけ安く借りられるんですね。鈴木さんは借りた農地を実際、どのように利用しているのでしょうか。
鈴木:農地はどんどん余ってきていて、どういうふうに使っていくかが課題なんですね。だから、都会の人に農業体験などを広めていきたいんですけど、プロの農家のやり方をそのまま都会の農地で縮小させただけではうまくいかない。だから、都市農業の新たなやり方をつくるために、この畑を使って実験をしているんです。

網を張って育てることで、柵を立てる手間を省くことができる。
普通の農業とどう違うのでしょうか。
鈴木:どれだけ水をあげずに育てられるか、どういうやり方なら楽に育てられるか、どこを手抜きしても問題なく育つか。手抜きの農業ですね。せっかく農業をはじめた人が、楽しく、長く続けていけるようにしないといけないので。

土嚢袋を使った栽培は、ベランダなどでも応用できる。
手抜きの農業って都市農業でこそ必要ですね。
鈴木:ここで試しているやり方だと、たとえば、大豆だったら、植えた後は網を張っておしまい。水もあげずに放置して、収穫するだけです。アスパラも1度植えたら10年間は収穫ができる。
雑草も抜いてないのですか。
鈴木:雑草を刈ることに時間を費やすのではなく、作業の邪魔にならないくらいに刈っておけばいいやという発想が大事。ここでは、雑草を抜く代わりに中央に小麦を植えて、伸びきった小麦が倒れることで雑草を押さえるようなこともやっています。

中央に小麦を植えている。
農業といっても、実際は目的や条件に応じて、都市では都市なりの育て方や育てる作物を変えていく必要があるということですね。
鈴木:環境によってポイントがあって、その知識をもとにスキルを磨けば、才能に関係なく農業は誰にでもできるものです。都市型農業は、技術よりむしろ気持ちの持続が大変なので、何が都市向きかという視点で、色合いがきれいな野菜だったり、年間を通して楽しみながら手間暇かけずにやれる、そんなズボラ農業のあり方を追求しています。本当のプロ農家になろうと思ったら、またやり方も違うんですけどね。
畑の中にあるビニルハウスも鈴木さんが建てたのですか。
鈴木:実は、これをやってみたくて農地を借りました。砂栽培といって海砂を敷き詰めていて、少ない肥料と水のあんばいで、手間暇もかからず年中栽培できるんです。土づくりに時間がかかる畑とは違います。

砂栽培はまだ準備中。これからレタスを植えるところ。
はじめて聞きました。砂栽培にはお手本があるんですか。
鈴木:泉南市に76歳のおばあちゃんがいて、30年前から砂栽培に取り組まれています。僕も「砂で農業? そんなんできるわけない」と思って、おばあちゃんのところに半年以上通ったんです。すると、砂栽培が理にかなった農業だということがわかってきました。
何やら画期的な農法だと思いますが、あまり知られていませんよね。
鈴木:コツがあって、簡単に真似できるものではないんですけど。機材の必要な水耕栽培のほうがメーカーにとって儲かるので、こちらがマニュアル化されて本流になってしまったのが、砂栽培が普及していない一番の理由だと僕は思っています。でも、砂栽培は環境にもいいし、高齢化した都市型農業としても、非常にいいモデルだなと思っています。単なる知識や情報だけでは伝わらないので、こうやって実践してみて、うまくいった経験をもとに広めていきたいですね。

文:鈴木遥 写真:中村寛史 編集:竹内厚
つづいて話は、鈴木さんの個人的な農業歴を追って、東京、オホーツク、ニュージーランドへと転がっていきます。