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  • 大阪から移り住んだ那覇でホームシック!? ~喫茶店とカレーと音楽と 山本佳奈子(Offshore主宰)

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 大阪から那覇に移り住んで8ヶ月。沖縄最大の都市那覇。大阪にあって那覇にないものなんてないやろう、と、住む前は思っていたが、意外とあった。実はたまにホームシックを患っている。


 まずは喫茶店。カフェではなく喫茶店。大阪の喫茶店はコーヒーを飲むことよりもぼーっとできる空間であることに価値がある。たとえば、大阪・梅田の駅前第1~第4ビルはどこを歩いても喫茶店があって、天国である。おまけにどの喫茶店でも、油を売ってるのか商談をしてるのかよくわからないサラリーマンがゴロゴロといて人間ウォッチングにも最適。350円から400円ぐらい払えば、コーヒー1杯で1時間ぐらい偉そうにぼーっとできるし、テレビではワイドショーや再放送ドラマなんかも見ることができる。ホットコーヒーが冷たくなるまで粘る。毎日違う喫茶店を訪問することができた大阪での生活は幸せだった。

 那覇の場合は、それなりに気合いを入れて探さなければ喫茶店なんて見つからない。国際通り周辺や栄町市場にはいくつか喫茶店はあるが、中に入ったらスーツ姿がたむろしているのではなく、近所のおばあ達や、歩き疲れて休憩している観光客がわいわいと歓談している。サラリーマンが1人や2人でやってきてコソコソ休憩している、あの大阪の喫茶店風景こそが私の理想。推測ではあるが、那覇には大企業のオフィスが集まっているビジネス街がないので、まあ確かに喫茶店なんて需要がないのだろう。

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一度だけ入ったことのある近所の喫茶店。中に入るとおばあの寄り合い場所となっていて、人ん家に勝手に入ってしまった感覚になった。BGMは演歌。


 そして、私が那覇での生活で困窮しているものはカレー。ハヤシライスの兄弟とも言えるあの洋食カレーではなく、インドやアジアスタイルのスパイスカレー屋が極端に少ない。スパイスにうるさい内地からの移住者が多いイメージであったので、これは本当に意外だった。私が那覇市内でスパイスカレー屋として認めるお店は1軒のみ。比べて大阪市内はスパイスカレーまみれで、思いつくだけでも何十軒とある。これはもう立派な独自文化を形成していて、『口癖はカレー』などのカレーフェスも大盛況。雑誌では忘れた頃ならぬ忘れる前にカレー屋特集が組まれ、異常とも言える大阪カレーバブル。いや、那覇がカレーに乏しいのではなく、これはむしろ、大阪のカレー環境が異常だったのだ。ただ那覇に引っ越すまでは一日一食カレーを実践していた私からすると、スパイス不足で体調を崩しそうなのである。

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たぶん大阪の人が個人経営のスパイスカレー店と聞いて想像するお店と似たお店はここ、「ゴカルナ」。沖縄県庁から歩いて3分ほど。丁寧な味。


 喫茶店もカレー屋も、私にとっては極端に少ない那覇。それもそのはずで、那覇市の人口は平成27年2月末で約32万人。大阪市の人口は平成27年3月末で約270万人。約8倍である。さらに大阪市の昼間人口は約80万人。合わせると約350万人。那覇市は昼間人口が3万人ほどしか増えないようなので、那覇市と大阪市では人口に10倍の差がある。つまりは、大阪に存在する喫茶店の10分の1、大阪に存在するスパイスカレー屋の10分の1しか、那覇市には需要がないわけである。

 この数式に則ると、私の専門分野、音楽に関しても同じことが言える。私は最近特に即興音楽を好んで聴いており、大阪でもそういった音楽ライブを好んで見に行っていた。沖縄にはやはりそういう類いの音楽ライブは少なく、数えると大阪の10分の1以下だろう。「沖縄で面白いライブないわ~」と、私は大阪や東京の友人知人にぼやいていた。あるとき、東京の知人にこう言われた。「こういう極端な音楽(拍子がない、メロディがない等)って、ハワイとか沖縄とか温かくてゆるっとしたリゾート地では育たない。こういうのは都会から生まれてくる音楽なんだよ」と。そうだった。都会のカオスと圧迫は、皮肉にもこの種の音楽の成長を後押しする。自分の好きな音楽が聴けない土地に住んで、なんか良いことあるのか?と真面目に考えた。ホームシックの域を越えている。

 それでも、「実験室のようなライブハウス」と自ら定義し、沖縄で唯一、即興音楽を支える空間がある。「浦添Groove」というライブハウスは、浦添市と那覇市の境にあって、四半世紀続いている。那覇に引っ越してから、このライブハウスで即興音楽やフリージャズのライブが行われる日は、よっぽどの予定がない限り行くようにしている。東京や海外からの有名な音楽家はなかなか来ない。毎回、今まで私がまったく知らなかった沖縄県在住の音楽家の演奏を見ている。引っ越して間もない頃は、「おもんないなあ」と思っていたのだが、最近ではその「おもんない」と思った感覚はいったいなんだったのか、考えさせられている。というのも、このGrooveで先日、名前も知らないミュージシャンが即興演奏していて、終わった瞬間、自然に手が動いて拍手していた。今まで、大阪で東京でアジアで、たくさんの即興音楽やノイズ、フリージャズのライブを見てきたが、自分の評価ポイントは、その人の名前や知名度、過去の共演相手や音楽以外の部分だったのではないだろうか。そう気づいたときに、音楽を専門分野としてきたつもりだった自分がものすごく情けなくなった。自分こそ、情報に左右されて音楽を純粋に評価するモノサシをなくしてしまっている。

 Grooveオーナーの上地一也氏(通称:ガチャピンさん)はベース弾きであり、ポップスからロック、ジャズ、即興音楽、フリージャズまで幅広く演奏活動している。ガチャピンさんは、「即興音楽って、自分にとっては居酒屋でたまたま隣になった人としゃべる感覚」と言っていた。そう。居酒屋で隣に座った人が有名人かどうかなんて関係なくて、名乗らずとも自己紹介せずとも話が弾んだりするものである。

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※浦添Groove店内。モノレールの駅が遠く立地は悪い。が、オーナーのガチャピンさんいわく、「立地が良い場所にあったら実験的なことがやりづらくなる」とのこと。即興音楽以外も含めてあらゆる音楽を受け入れている。


 音楽を純に好きでいるつもりが、肩書きや名前に踊らされていなかったか。沖縄に移り住んだおかげで、演奏者が誰であったとしても、その場で鳴っている音楽を楽しめるようになった。だから、ホームシックはもうこれで終わりにしよう。喫茶店とカレーぐらいは我慢しよう。

そんな浦添Grooveで、9月に初めて即興音楽のイベントをオーガナイズさせてもらいました。Google検索にひっかからなくても、世界のどこでも良い音楽家はいる。


山本佳奈子(Offshore主宰)
1983年生まれ、尼崎市出身。那覇市在住。沖縄県文化振興会所属。一人でコツコツ運営しているweb-zine「Offshore(https://www.offshore-mcc.net/)」では、アジア各地の現在進行形の音楽(ノイズや即興、極端な音楽に偏りがち)や、カルチャーを自らの足で調査し発信。アジアにまつわるイベントの企画制作やコーディネイトも行なう。

2015.12.17 掲載

カリグラシコラム

そのことを仕事にしている人もいれば、普段の暮らしの中でモヤモヤとした思いが浮かんでいる人もいる。借り暮らしにまつわる意見や考えを、さまざまな人たちが自由なスタイルで綴ります。

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