部屋にうたえば

       

一枚の部屋の写真から
二人の歌人が短歌を綴ります。
50回 洛西ニュータウンで吟行篇


だれかの、    なべとびすこ

どこまでも団地の町で住人がきれいに仕舞われてる年度末
はじめての土地はすべてがはじめて感 だれかの自転車、だれかのバイク
あの部屋に住めば古墳をたまに見て春には川沿いまでを歩いて
不動産屋さんはたぶん言うだろうさくらが見えるベランダのこと
団地より部屋は多くて部屋よりも人は多くて自販機探す
「こんにちは!」に「こんにちは、」って返すとき互いの星座はどうでもよくて
地元まで戻って駅の駐輪場 母の自転車、ウチの自転車



おーいアンドレスポンス    谷じゃこ

早咲きの桜が川の向こうからおーいって呼ぶみたいに咲いて
信号が青になるのを待つあいだ竹林ずっと頼もしかった
「お待たせしました」と喋るエレベーターに待ってへんよと「閉」は押さずに
まだペンキぬりたてなのか気になった指にやさしい十階の風
団地、団地、給水塔の並ぶ街 みんなでウェーブしているみたい
たけのこは竹の子だから水筒は給水塔の遠い親戚?
木の名前、花の名前をまわり道してまたひとつ えんじゅはまめ科


団地の暮らしの写真をお題に短歌連作を作る「部屋にうたえば」。いつもは一枚の写真をズームしたり、写っていない部分を想像しながら短歌を作っていましたが、今回は実際に団地を訪れて吟行をしました。
吟行とは、散策しながら短歌や俳句などを作ること。景色を見たり、気になるものを見つけて、そこからインスピレーションを得て作っていきます。

行き先は、桜が咲きだした春のはじめの洛西ニュータウン。誘ったのは、本企画の第23回でもご一緒したなべとびすこさん。吟行イベントの主催をしたこともあるなべとさんは、私からすれば吟行のベテランです。

この日、洛西ニュータウンの中心にあるラクセーヌの隣の広場では「らくさいさくら祭」が開催されていました。美味しそうなキッチンカーに後ろ髪を引かれながらも吟行へ出発です。小畑川をはさんで両岸に団地が並んでいるのが見えます。

谷(以下、た):川の向こうに住んでる人はお買い物のときこの橋を渡るんやな。

なべと(以下、な):この辺に住んだら毎年川沿いで花見したいですね。

川沿いの桜並木の中に、一本だけすでに満開の木を発見。種類の違う桜なのでしょうか。こういう気になる景色を見つけると短歌にしたくなります。

早咲きの桜が川の向こうからおーいって呼ぶみたいに咲いて(谷じゃこ)

橋を渡るとラクセーヌ周辺のにぎわいから一転してとても静かです。団地(洛西北福西市営住宅)のそばに古墳があると聞いて、私たちも見に行くことに。こんもりした丘のようなところへ登ってみると、本当にありました、古墳。

な:ベランダに出るたびに古墳が見れる部屋ってすごすぎる。

た:古墳、めちゃくちゃ団地の中にあるんやな。

吟行をしていると、普段だとスルーしてしまいそうな案内看板や、土地の歴史についての説明や石碑にも、とりあえず立ち止まってじっくり読んでみたくなるものです。大人の社会見学の気分で、街の知らなかった一面を学べるのも楽しいですよ。

あの部屋に住めば古墳をたまに見て春には川沿いまでを歩いて(なべとびすこ)

団地の周辺には公園があります。「部屋にうたえば」でも、遊具の写真がお題になったことが何度もありました。

どうやって漕ぐんやろうと思ったブランコ。不安定で怖そうやけど、ブランコの下の土が掘られまくっているところを見ると、人気の遊具なんでしょうね。UFOみたい。

地面に描かれたアンパンマン。1メートルくらいの大きさの大作です。
あまりにかわいかったのでなんとか短歌にしたかったのですが、うまくいきませんでした。一人吟行だと「できなかった……」と悲しくなるだけやけど、一緒に吟行する人がいれば「これいいですよね! 短歌にしたかった〜」と湧き上がる思いだけでも共有できるのがいいところ。

UR洛西竹の里団地は名前に竹と付くだけあって、団地のあちこちに竹モチーフの模様が描かれています。
自転車置き場に置かれていたベスパ。子供用です。大人の自転車に並んで駐輪していてほっこりしました。他に子供用レクサスも駐車してありました。一丁前〜!

な:こんなんあるんや! 駐輪場をじっくり見る機会ってあんまりないですが、いろんな自転車があって楽しいですね。

た:ベスパで洛西の街をぶいぶいいわせてんのかな。

はじめての土地はすべてがはじめて感 だれかの自転車、だれかのバイク(なべとびすこ)

た:そういえばさくら祭でたけのこカレー売ってたね。

な:売ってましたね! この町がめちゃくちゃ竹を誇ってるのがわかって愛しいですね。

上から眺めると、新緑の竹がわしゃわしゃと風に揺れるのを眺めることができます。竹林がすぐ隣にあるから竹の里団地なのかと納得。「ちくりん」という音の響きが気に入って、短歌に詠み込みたくなりました。
竹林の奥にも団地が見えますね。ちょっと遠そうに見えるけど、行ってみましょうか。

信号が青になるのを待つあいだ竹林ずっと頼もしかった(谷じゃこ)

短歌になるかな、したいなと思った言葉は、忘れないうちにメモしておきます。その場で言葉にできなくても、写真を撮っておけば後で振り返ることができるので、気になったらとりあえず残すのがおすすめです。

30分ほど歩いてUR洛西境谷東に到着。だいぶ遠くまできたのかと思ったら、どうやらぐるーっと回ってラクセーヌのあたりまで戻っていたようです。
ここは団地と団地のあいだの小径がいい感じ。団地内をお散歩するだけでも気持ちよさそうで、「住むならここがいいな〜」と想像しながら歩いていました。

そのとき、小さな男の子が私たちに大きな声で挨拶をしてくれました。あまりに元気いっぱいだったので、なべとさんも私もニコニコです。
嬉しかったことなど自分の気持ちの動きや形に残らない思い出も、どんどん短歌にしたいですね。吟行だからといって、短歌の題材は景色だけではありません。

な:あんなに大きい声で挨拶したこと人生で一回もないわ。

た:かわいかった〜!

「こんにちは!」に「こんにちは、」って返すとき互いの星座はどうでもよくて(なべとびすこ)

最後は、UR洛西新林団地へ。エレベーターで上へあがると、気持ちのいい風が吹いています。

た:給水塔をこんなにいっぱい見たのはじめてかも。

な:こんだけ団地あったら酔っ払って帰る家間違える人とかおりそうですね。

団地がたくさん並ぶニュータウンって、規則正しく長方形が並んでいるイメージだったのですが、洛西ニュータウンは団地ごとに建物、給水塔、向きや高さも違っていて、どこも個性的でした。
見下ろすと、ほんとに桜の木が多いことがわかりますね。満開のときはきれいやろうなぁ。

団地、団地、給水塔の並ぶ街 みんなでウェーブしているみたい(谷じゃこ)

スタート地点のラクセーヌに戻ってきて、今日の吟行はおしまい。短歌のことはとりあえず置いといて、さくら祭でなに食べよかな〜しか考えていない二人の背中です。

→吟行の様子を記録した写真ページもつくりました。


なべとびすこ

大阪市出身&在住。短歌のカードゲーム『57577 ゴーシチゴーシチシチ』シリーズ原案・ゲームデザイン、「短歌カードゲーム ミソヒトサジ〈定食〉」制作。短歌のwebマガジン「TANKANESS」編集長兼ライター。短歌同人「ジングル」所属。
X(Twitter):@nabelab00

谷じゃこ(たにじゃこ)

1983年大阪生まれ、大阪在住。短歌のzineを作るなどフリーで活動。『クリーン・ナップ・クラブ』『ヒット・エンド・パレード』『めためたドロップス』、フリーペーパー「バッテラ」(奇数月発行)など。鯖と野球が好き。
X(Twitter):@sabajaco
WEB:http://sabajaco.com/

文/谷じゃこ 写真/坂下丈太郎 編集/竹内厚

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